2008年12月21日

長崎市議会 百条委設置

ベンチャー企業「バイオラボ」(長崎市)の経営破綻(はたん)問題を巡り、長崎市議会は12日の本会議で、地方自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委)を設置することを全会一致で決めた。同市による8640万円の補助金支給の経緯などについて調査する。

 同社は市の企業立地奨励制度を利用して2007、08年度に土地取得費用など計8640万円の助成を受け、同年9月に経営破綻した。

 市議会は、補助金受給の経緯などについて、常任委員会で久木野憲司社長らを参考人招致して調査した。しかし、06年3月に取得した同市内の土地の購入価格(1億6280万円)と07年度の土地評価額に8000万円以上の差があることなどから、「百条委による全容解明が必要」との意見が出ていた。

 百条委は委員は15人で、期限を設けず調査を行う。

 同市議会の百条委設置は、1998年に社会福祉法人による補助金不正受給問題で設置されて以来、10年ぶりとなる。

     ◇

 同市議会は12日、最終本会議を開き、一般会計補正予算案や市立保育所条例改正案など47議案を可決した。

  
Posted by 海援隊 at 08:00長崎海援隊12月

2008年12月18日

「篤姫」人気で沸く鹿児島県。お次は「龍馬伝」に期待

現在放送中のNHK大河ドラマ「篤姫」で観光客が大幅に増えた鹿児島県が、次は2010年の大河ドラマ「龍馬伝」にあやかった集客を期待している。
鹿児島県霧島市には、坂本龍馬が新婚旅行で訪れた温泉がある。龍馬縁の地への観光客が増えると見越した同市は、老朽化している温泉施設を本年度末で一旦廃止し、再整備に入る決断をくだした。
  
Posted by 海援隊 at 08:00長崎海援隊12月

2008年12月15日

“龍馬に影響”幕末の絵師・河田小龍、ひ孫が4点寄贈

幕末から明治にかけて活躍した高知市出身の絵師、河田小龍(1824~98年)のひ孫にあたる右京区の無職、三谷章さん(77)がこのほど、東山区の霊山歴史館に河田の絵画4点を寄贈した。27日から同館での企画展「龍馬と同志、夢と苦難の足跡」で一般公開される。来年1月25日まで。

 同館によると、河田は米国から帰国後のジョン万次郎を藩の役人として取り調べたり、坂本龍馬に開明思想を語って海援隊の結成に影響を与えたことで知られる。絵師としても活躍し、六女が京都の材木商、三谷家に嫁いだことでこれらの絵画が残った。同家が代々保管して公開することもなかったが、河田の絵師としての側面をもっと知ってほしいと寄贈を申し出た。

 寄贈された4点は、朱竹図(二枚折屏風(びょうぶ)一双)▽鶏自画賛(額装)▽花卉魚属の図(軸)▽石白菜の図(軸)。竹を朱色で豪快に描いた朱竹図は最晩年の作品で、正月に家に飾るため六女の依頼で描いたとみられる。その他の作品も身近な草花や魚、鳥が題材で、日本画を得意とした六女の手習いのために描いたと考えられるという。

 同館の木村幸比古・学芸課長は「絵師としての違った側面が見られておもしろい」と話している。

  
Posted by 海援隊 at 08:00長崎海援隊12月

2008年12月12日

ナガサキ平和リレー:/155 戦後の苦労癒やした茶道 /長崎

「お茶は平和でなければできない。戦争は絶対反対です。原爆一発であんな惨状となるのだから」。長崎市の元大学職員で、表千家県支部参与の瀧野佐和子さん(83)は静かに語った。被爆、戦後の苦労を癒やしてくれたのが茶道だった。

 三菱長崎製鋼所職員として勤めていた、長崎市茂里町の製鋼所3階事務所で被爆。爆心地から約1キロだった。「空が黄色く光り瞬間的に机の下に潜り込みました」。事務所が鉄骨コンクリート造りだったおかげで建物の下敷きにはならず、命は助かった。

 1階に降りると周囲の建物は倒壊し、あちこちで火災が起こっていた。けが人や死人の間を無我夢中で逃げ、母の実家がある大村市に向かう救援列車に飛び乗った。

 終戦直後の46年2月、当時は大村市にあった長崎医科大(長崎大医学部)の職員に採用された。茶道と出合ったのはその2年後。「茶道をする友人から偶然誘われたんです」。長崎市では戦前戦後を通じて茶道を続ける人たちがいた。戦中は防空壕に釜や茶器を入れて守り、戦後にけいこを再開していた。

 被爆の荒廃と戦後の混乱が続く中で、茶道は瀧野さんの心をつかんだ。生活は苦しく、食事は長崎市役所から支給された外食券を使うか、戦時中に備蓄された豆の缶詰程度。そんな苦労を、茶道は忘れさせたからだ。週1回のけいこは楽しみにもなった。「お茶をしている間は何もかも忘れて集中することができたんです」

 腕前もめきめき上達した。82年に指導者としての資格を取得。85年には京都の家元から許可を得て、京都で毎月1回のペースで、けいこを受けている。

 現在は約1900人いる支部会員をまとめる参与を務める。「お茶を通して静かな気持ちを養い、美しい環境を喜ぶことができるのも平和のおかげ。原爆や戦争の残酷さは身にしみている。だからこそ、人類を滅亡させる原爆はもう使ってはいけない」。瀧野さんは茶道を通して平和への思いを伝える方法を模索している。  
Posted by 海援隊 at 08:00長崎海援隊12月

2008年12月10日

ノーベル賞:下村さん、長崎被災の写真映し平和を訴え

【ストックホルム河内敏康】異例の日本語や、持参の緑色蛍光たんぱく質(GFP)を光らせる演出--。ノーベル物理学賞を受ける小林誠・高エネルギー加速器研究機構(KEK)名誉教授(64)と益川敏英・京都産業大教授(68)、化学賞を受ける下村脩・元米ウッズホール海洋生物学研究所上席研究員(80)が8日、スウェーデンのストックホルム大で記念講演をした。

 まず小林さんが登場。対象となった6種類の素粒子クォークによる「CP対称性の破れ」について、いつも通りの落ち着いた様子で解説した。研究の実証につながったKEKでの実験など、素粒子物理学における日本の貢献を強調した。

 下村さんの講演では初めに頭上の照明が消えた。試験管に入れたGFPに紫外光を当てて緑色の光を浮かび上がらせると、大きな拍手が起きた。米西海岸でオワンクラゲを家族ぐるみで採集したエピソードを交えて聴衆の関心を引きつけ、GFP発見の意義を説明。一方、疎開先の長崎が原爆により被災した写真を映し平和の尊さを訴えた。講演終了後、下村さんは「役目を終えた感じだ」と一言言い残し会場を後にした。  
Posted by 海援隊 at 08:00長崎海援隊12月